「神経症と人間的成長」の第2章は、「神経症的要求」です。
ホーナイは、メンタルヘルス障害者(神経症者)は、現実や他者に対して、不条理で特権的な要求(クレーム)を持っていると指摘しています。
自分自身を考えてみても、私もしょっちゅう、他人や社会に対して腹を立てているので、理不尽な要求を持っていて、その要求が満たされないために、怒っているのかもしれません。
私の母親のことを考えてみると、彼女は色々な要求を持っていて、私の父親や私がその要求に従うように強く要請してきて、その要請が受けられないと怒ったり、ヒステリーを起こしたりします。
例えば、彼女は近所づきあいとかが、全然できないのですが(私も全然できなくなりました)、なので、ごみ捨てとか、近隣住民とのかかわりが必要なことについては、私の父親や私が実行すべきである、母親は免除されて当然である、というような欲求を持っています。
「神経症と人間的成長」の第3章は、「〈べき〉の専制」です。
この章を初めて読んだ時は、衝撃を感じました。
私は、高齢になった今では、ホーナイや森田療法の理論も知っているし、また、いろんな理想が、すっかり壊れてしまっているので、特に自分が何々であるべきとストレートに考えることは、あまりないと思います。
しかし、高校生から大学の1,2年生の頃は、たくさんの〈べき〉を持っていました。
「自分は、人に好かれるべきである」「人前では、緊張などせず、堂々と振舞えるべきである」「友達はたくさんいて、社会的に認められているべきである」等々です。
ホーナイは、神経症者の〈べき〉の専制が、自己理想化、理想的な自己を作り上げたい、達成したいという強迫的な欲求(栄光の追求)から発生していることを明らかにしています。
ホーナイの〈べき〉の専制と同じことを森田博士、森田療法では、「かくあるべし」「かくあるべしの思想」などと表現しています。
どちらも、メンタルヘルス障害者(神経症者)に頻出する精神活動・現象を観察したものですが、ホーナイの方が、論理の深さ、正確さ、用語の適切さなどで、森田を圧倒していると思います(森田は精神分析、心理学ではなく、治療が主なので、当然ですが)。
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