カレン・ホーナイの著書、「神経症と人間的成長」の第4章のタイトルは「神経症的誇り」です。
ホーナイは、メンタルヘルス障害者(神経症者)の誇り、プライドについて、不健康な性質を持ち、理想化された自己像に基づいているため、神経症的誇りは非常に傷つきやすく、現実の失敗・批判・屈辱が「誇りへの攻撃」として体験され、激しい恥・怒り・復讐心(屈辱への報復衝動)を引き起こすことを明らかにしています。
第5章のタイトルは、「自己嫌悪と自己軽蔑」です。
ホーナイは、メンタルヘルス障害者の自己嫌悪が、理想化された自己像と現実の自己とのギャップから生じる自己の現実状態への攻撃であることを明らかにしています。神経症者は「かくあるべき自己(idealized self)」を基準にして、現実の自己を断罪・糾弾します。
メンタルヘルス障害者は無数の「かくあるべき」という内的命令に縛られており、それを達成できない自分を容赦なく罰します。この「べき」の体系は非現実的なほど厳格であるため、神経症者は常に自己嫌悪の材料を抱えることになります。
自己嫌悪に耐えられなくなると、それを他者への嫌悪・批判・不信として外部に投影する「外在化」が起こります。これは自己嫌悪の苦痛を一時的に和らげますが、対人関係をさらに歪めます。
神経症的誇りと自己嫌悪は表裏一体であり、互いを強化し合う悪循環を形成します。誇りが高いほど転落したときの自己嫌悪は深く、自己嫌悪から逃れようとして誇りの体系にさらに依存するという構造です。
第6章は、「自己疎外」です。
ホーナイは、神経症者は「理想化された自己」の構築に膨大なエネルギーを注ぐあまり、現実の自己(real self)との接触を失って、自分が本当に何を感じ、何を望み、何を信じているのかが分からなくなる自己疎外の状況を述べています。
感情からの疎外:感情が鈍化・麻痺し、喜びや悲しみを本当には感じられない
身体からの疎外:自分の身体感覚や欲求に無頓着・無感覚になる
時間からの疎外:現在に生きることができず、常に「いつかの理想の自分」に向かって生きる
他者からの疎外:真の接触・親密さを持てず、関係が表面的になる
本来の自己から切り離されることで、自発的な意欲・創造性・成長への衝動が失われます。行動は内側から湧き出るものではなく、「べき」の命令や外部の期待への反応になります。
ホーナイはメンタルヘルス障害者の自己疎外を根本的な損失として位置づけ、人間としての可能性の喪失に等しいと論じます。
第7章は、「緊張緩和の一般的手段」です。
ホーナイは、メンタルヘルス障害者が、その緊張をやり過ごすために用いる様々な心理的手段を論じます。
神経症的誇りと自己嫌悪の葛藤、理想の自己と現実の自己のギャップは、慢性的な内的緊張を生み、神経症者はこの苦痛を直視・解決するのではなく、回避・麻痺・転換によって乗り切ろうとします。
盲点:矛盾する自己像の一方を意識から締め出し、葛藤に気づかないようにする、区画化:相矛盾する態度や価値観を別々の「区画」に閉じ込め、衝突させない、合理化:自己嫌悪や不合理な行動に対してもっともらしい理由をつける、
過度の自己統制:感情や衝動を厳しく抑圧することで内的混乱を表面上封じ込める、冷笑:感情や関係に深入りしないことで傷つく可能性を遮断する、外在化:内的問題を外部の状況や他者のせいにすることで責任を回避する、麻痺・無感覚化:感じること自体を抑制し、緊張を感知できなくする、などです。
いずれの手段も根本的な解決にはなりません。
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