カレン・ホーナイのメンタルヘルス理論2

karen-horney

ホーナイの名著「神経症と人間的成長」は、以下のように、序文と15章の本文で構成されています。

 序文 自己実現の道徳
 第1章 栄光の追求
 第2章 神経症的要求
 第3章 〈べき〉の専制
 第4章 神経症的誇り
 第5章 自己嫌悪と自己軽蔑
 第6章 自己疎外
 第7章 緊張緩和の一般的手段
 第8章 自己拡張的解決――支配を求める
 第9章 自己縮小的解決――愛を求める
 第10章 病的依存
 第11章 あきらめ――自由を求める
 第12章 人間関係における神経症的障害
 第13章 仕事における神経症的障害
 第14章 精神分析療法の道
 第15章 理論的考察

「第1章 栄光の追求」で、ホーナイは、恵まれない環境で育つ子どもが抱く「基本的不安」の定義と説明を行い、子どもが基本的不安を逃れるために、自己理想化および脅迫的性格構造を形成していく過程を描いています。
そして、この自己理想化(栄光の追求)において、空想が果たす大きな役割について述べています。
空想が果たす役割については、私も子ども時代に空想にふけるのが大好きでした。
アニメや特撮ヒーローもののテレビ番組、映画などを元にして、自分がその主人公になったことを想定して、空想のストーリー、活躍にふけり、家の庭などで、ぐるぐる同じところを歩き回りながら、長時間、空想に耽っていたことも良くありました。
ホーナイは、メンタルヘルス障害者(旧用語:神経症者)が不安から逃れる強い欲求により、理想化された自己を実現しようと現実から遊離して空想の世界に入っていってしまうと述べています。
これは、自分自身を見ても、私の両親を見ても、納得がいきます。
心の不安等のため、現実をあるがままに認めたりできず、空想的な世界に行ってしまいます。
私の母は、重症のメンタルヘルス障害を持っていて、パニックやヒステリーに陥りますが、自分がそのような問題があることを認めたりせず、全然自分には問題がないような、現実離れした空想の世界に入っていって、そこで精神の安定を得ようとしているように、私には見えます。
森田正馬博士の言動および森田療法で、仏教用語の「事実只真」が使われていますが、私は、この用語は、メンタルヘルス障害者的空想の世界を離れなければならないという意味もあると思っています。
空想の世界でなく、事実、現実こそが真であり、事実、現実世界に生きなればならない、現実離れした幻想の世界に逃避、常駐することは止めなければならない、というような意味もあるのではないでしょうか?

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