大学時代の思い出4

karen-horney

人間関係、友人関係に入れず、孤独で不安になり、もっと社交的にならなければと、酒などを買って、夜にクラスメートの家に遊びに行き、酒の力もあって、数時間は、話が少し盛り上がり、人とのつながりを感じられ、孤独が少し癒えました。

このように私にとって、人間関係や友人関係というのは、色々努力して、なんとか、少し達成できというようになっていました。

しかし、翌日以降になると、そのような関係もまた、フェードアウトしていきました。

大学の夏休みなどに、地方やリゾート地で、長期の住み込みのアルバイトに一人で応募し、数週間働いたこともあります。

そのようなアルバイト先では、新しく会った学生のアルバイト仲間などと、夜は酒を飲んで盛り上がり、まだ、社交不安障害、対人恐怖障害などが始まる前の高校生活の初期に一時的に戻ったように過ごすことができましたが、しょせん、酒の力、勢いなどを借りて作った人間関係で自分の大学生活に戻るとフェードアウトしていきました。

今、考えると私のキャラクターは、深い部分からホーナイの言う神経症、赤面恐怖症、最近の用語では、発達障害、社交不安障害、自閉スペクトラム症、双極性障害、場面沈黙症などでした。

ホーナイの言うところの、心の深い部分に強い不安があり(ホーナイ用語で基本的不安)、神経症の性格システム(自己理想化、べきの専制、誇り、要求など)、または酒の力などがないと、精神の不安と混乱のため、人と交わる人間味や人間性が働かないのでした。

ホーナイは、精神的に健康な人は、心、精神の中心に、健康な自己(ホーナイ用語で「真の自己」)があると言っています。神経症者、メンタルヘルスに慢性の障害を抱える人は、その「健康な自己」がダメージを負っていて、発育が疎外されていて、代わりに強い「基本的不安」があります。

心の中に、自然の人間味、人間性があれば、人とそれを通じて、交流したり、つながりができます。

自分を見てみると、心の中に不安と混乱があって、この状態では、普通の人間味のない、人間性のない機械、ロボットのようになっています。

なにか、嬉しいことなどがあると、双極性、躁鬱の躁の方に入れ、ナルシスト的に感情も高揚して、普通の人以上に、社交的に振舞えたりするのですが、長続きはしません。 そして、社交的に振舞えなくなると、気分、感情も逆側に振れ、鬱、憂鬱、不安、劣等感、自己嫌悪などに襲われます。

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